いまさら、村上隆「芸術起業論」

国立新美術館の図書室で、村上隆の「芸術起業論」を読んできた。

これ↓の確認のため。

J0hn D0e の日誌 - 絵画に課税される固定資産税

読んだ範囲では、(って、あとがき以外は一応全部目を通したはずだけど)こんなことが書いてあった。

アメリカではビジネスに成功した人たちは社会に貢献してゆく義務感を持っています。
そうした成功者が社会貢献事業を行う選択肢の一つには美術館支援も含まれています。
芸術作品を購入して美術館に寄付するというわけです。
……コレクターはいいものを購入して自分自身をアピールできる上に「寄付した作品の金額が税金控除の対象になっている」というところが重要なのです。
……日本では固定資産として税金徴収の対象になる (だから芸術はひそかに所有される) ものが、アメリカでは税金控除の対象になるわけで、作品売買がさかんになるのも当たり前です。

村上隆「芸術起業論」 P.37

mixiでの問題発言はこれ↓

先日、村上隆さんの「芸術起業論」を読みました。
アメリカでは絵を買うと税金が控除されるのに、日本では反対に固定資産税がかかってくるので、絵を買いにくいのだと書かれていました。

mixi 美術館・博物館 展示情報 | 絵を買ったことありますか? (2007年06月23日 08:58 #92)

村上隆の書き方もまぎらわしいけど、ひとくちでいうなら、この人がmixiで書いてる「芸術起業論に書いてあったこと」は「ウソ」だよなあ。(この辞書に書いてある意味でいうなら、(2)に該当する「ウソ」)

アメリカでは絵を買うと」がまずウソ。

「固定資産税」ウソ

「絵を買いにくいのだと書かれて」ウソ

村上隆の「日本では固定資産として税金徴収の対象になる (だから芸術はひそかに所有される)」っていう部分、これはこれで、よくわからんけど。

税金との関係で言うなら、相続・贈与の話かなあという感じだけど。

(美術品と相続、美術品が資産・投資になるか、といった話は、色々ネタを集めているのでそのうち詳しく書いてみたいと思ってますが)

で、いまさらながら「芸術起業論」を読んでみた感想だけど。

村上の言う「欧米のアート業界で行われている」こと、すなわち「歴史を知って、ルールに従って作品(商品)を作って、それをうまくプレゼンする」みたいな話って、アート以外の業界では、ほとんど全ての業界で日常的に、あたりまえのように(さらに、非常にシビアに)行われていることのような気がするので、なんとも幼稚な話が書いてあるなあ、という印象。

IT業界でもそうだし、出版でもファッションでも、極端に言えば、酒屋とか米屋なんかだってやってることじゃないかという感じ。

また、この本、色んなことにケチをつけているようにも読めるが、潜在顧客(日本人の絵の買い手)を直接的に批判していないところは偉いと思った。

「日本人はわかってない」と見下して批判するのは簡単だったはずだが、直接そう書かずに欧米で認められるまでの経緯を述べ、日本では認められなかったが自分は間違っていなかった、と暗にほのめかすような構成になっている。

ただ村上のいうことでよくわからないのは、欧米のアート業界のルールを理解して、それにあわせてふるまって人気者になれたのなら、日本のアート業界でも、日本特有のルールを理解し、それに合わせて振舞うことで、つまり、大学の先生にでもなって「権威」として振舞って日本画でも描いてりゃ、それなりの金になったはずなのに(それだけの学歴はあったわけだし)そうしなかったのはなぜなのか。

村上の初期作品というと、プラモデルの兵隊をたくさん貼り付けたようなものなど、一部しか知らないが、(そういえば、初期の作品といえば、俺こんな本を持っていたりする。

Takashi Murakami: The Meaning of the Nonsense of the Meaning

Takashi Murakami: The Meaning of the Nonsense of the Meaning

昔、普通の値段で買ったんだけど、今はアマゾンでは結構な値段で出品されている :-) これに初期の作品がいくつか載っていた)

要するに伝統的な日本画を描きたくなかった、(すごく貧乏になっても) ということではないかと思うのだが、ではなぜ、東京藝大で日本画の博士号?! なんぞをとったりしたのか。という疑問が残る。

あと、アーティストって言葉が「金にならない、好き勝手なことを自由にやるやつ」を意味するようになったのが、

十九世紀の西洋絵画の巨匠が静物画を描いたのは、宮廷に雇われてではなく、自由に描こうという反旗。

「幼稚力宣言 村上隆」より

で、それが明治期に日本にもちこまれたから、という話が書いてあったのが面白かった。

国立新美術館の図書室では、ゴンブリッチ美術の物語もぱらぱらめくって見てみてたが(この本も本屋で立ち読みしたくて、できなかった本) だいたいこの本に載ってる作品の多くは村上言うところの「売る努力」がなされた結果歴史に残ってるんではないだろうか。(よく知らんで勘で書きますが) むしろ、金にならなくてもいいから自由に描きたい、ってほうが少数派なんではないか……と思った。どうなんだろ、実際。(日本の美術教育アカデミズムではどう教えられているんだろう)

国立新美術館の図書室は、こじんまりとしていて、開架の蔵書も少ないが、展覧会の図録と洋雑誌が充実していて、なかなか快適だった。(きれいだし)
村上のLittle Boy (Little Boy: The Arts Of Japan's Exploding Subculture) もあって読んでみたけど、なかなかの力作であった。

こうして世界に日本の文化を紹介するってのは偉いし、立派なんだけど、俺は個人的には、知れば知るほど、村上隆のオタク作品は日本人としては、あんまり評価できないなあ、とも、思った。なんというのか、本物じゃないというか。