アーティストとは何か 「アーティスト症候群 ― アートと職人、クリエイターと芸能人」大野左紀子

本の紹介の前に、先日読んだ、ある方のブログをご紹介。

カエラが私はアイドルなんかじゃないってどんなに叫んでも、どうがんばってもアーティスト気取りの勘違い電波にしかみえないように、フミヤートや米米のボーカルの人がアートだのいってるのが世間からは失笑を受けるような感じだったり。私たち美大生というのもそのような人たちと同じ、なにも変わらない。憧れるだの変わってるねーとか煽てられて泳がされている。4年間使って最高に気持ちのいいオナニーを探求するかその虚しさに気付こうと葛藤しているに過ぎない。

(追記: 全文はこちらで読めます→ http://voqn.tumblr.com/post/26565417)

http://reach.seesaa.net/article/83930117.html

美大生は「そのような人たち」と同じ、かもれしない。

では、卒業してプロの作家(美術家)になったらどうだろうか?

そしたらもう、「そのような人たち」とは違うんだよ!! ということになるのか。

それともプロになっても同じことで「虚しさに気づこうと葛藤しているに過ぎない」のか。

そこらへんを面白おかしく論じたのがこの本。

アーティスト症候群―アートと職人、クリエイターと芸能人

アーティスト症候群―アートと職人、クリエイターと芸能人

半分以上の紙数をさいて、ちまたにあふれる「アーティスト」をメッタ切り。音楽シーンの「アーティスト」にはじまり、藤井フミヤ石井竜也片岡鶴太郎ジュディ・オング工藤静香ら、「芸能人美術家」をバッサリ。

その他、たけしの誰でもピカソ、専門学校でとぐろを巻くクリエーター・ワナビー華道家、メイクアップ・アーティストなどなど、みだりに用いられがちな「アーティスト」について論じている。

ここまでで、だいたい全体の四分の三くらいかな。残りの四分の一くらいが面白い。

著者が大学を卒業してプロの作家(美術家)になり、そして、それを廃業するまでが語られている。

著者の大野さん (id:ohnosakiko さん) といえば、去年、はてなブックマークで、ちらほらおみかけし、モテとジェンダーの論客、「はてな村」で楽しそうにワイワイやってる方、ぐらいの認識しかなかったのだが。

本書を読んで初めて知ったのだが、東京芸大彫刻科を卒業し、プロの作家として20年以上のキャリアをもつ方であったのだ。

俺のブログを読んでくださってる方の中には、写真家、画家、(画家の卵) などの「アーティスト」のかたや、(非常に多くの)若手美術家の方達の活動を見続けている方もいらっしゃると思うが、そういった皆さんが本書を手にし、著者が自分を語るこの部分を読むとしたら、どんな風に読まれるのだろうか。気になる。

俺の読み方が悪いのか、書くほうが表現しきれていないのか(もしくは、あえて表現しなかったのか)わからないのだが、制作する原動力というか、「誰にも止められないような激しいパッション」のようなものが感じられなかった。(「毎日作らないと生きていけない」タイプではない、と書いてあるから、そういうパッションはなかったのだろうか)

こういう言い方は失礼かもしれないが、「特別な」肩書きにこだわりすぎているような印象を受けた。(だからこういう本を書かれたんだと思うが)

アーティストって、そんな特別なものだろうか? 俺はアーティストになりたいと思ったこともないし(ないので)、別に世間で「アーティスト」という肩書きが濫用されていても、全く気にならない。「猫も杓子もアーティストと呼ばれてモヤモヤする」のは、著者が「こんな人たちと一緒にされたくない」と感じているからではないかと思うが、この問題が社会的な普遍性を持つのか、それとも、あくまで私的な個人的なものなのか、ちょっと判断が付かない感じだ。

例えば音楽シーンで使われる「アーティスト」という言葉。

WikipediaのArtistの項には、このように書いてある。

The term is often used in the entertainment business, especially in a business context, for musicians and other performers (less often for actors). "Artiste" (the French for artist) is a variant used in English only in this context. Use of the term to describe writers, for example, is certainly valid, but less common, and mostly restricted to contexts like criticism.

この語(artist)は、エンターテイメント産業で頻繁に用いられる。特に、ミュージシャンやその他のパフォーマーについて(俳優ではそれほど多くは使われないが)、商業的な文脈で用いられる。 "Artiste"(artistのフランス語)は、英語では、この文脈でのみ用いられる。(文章を執筆する)作家を指すのにこの語を用いるのも正しいが、それほど一般的ではなく、ほとんどの場合、批評の文脈で用いられる場合に限られる。

Artist - Wikipedia

英語圏ではフランス語で言うんだそうだ。外来語だからカッコイイ、その程度のうすっぺらい動機でアーティストという言葉を好む人も多いのではないか。

また、片岡鶴太郎について述べている部分があるが、片岡鶴太郎は天才的モノマネ芸人だ。今は芸術家の「滑稽さ」を(恐らく一日24時間)見事に演じきっているのだと思う。彼がモノマネではなく「素」で芸術家をやっているのだ、と、著者が考えるのはなぜだろうか。

他にも細部で色々と疑問に感じる点もあるが、社会のなかでどのように「アーティスト」という言葉が使われているか、という切り口で、「アーティストとはなにか」ひいては「アートとは何か」について考えさせてくれる面白い一冊であった。

参考: アーティスト症候群−著者からのメッセージ